サウジアラビア 1986

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四十年前の中東行。イスラム教の聖地、メッカへの玄関口 ジェッダ

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ジェッダ・コーニッシュ(フランス語で断崖沿いの海岸道路の意)

紅海沿岸を約30kmに渡って広がる公園。数々の彫刻、世界最高峰の噴水「ファハド王の噴水」がある。今は開発が進んで、F1グランプリが開催される「ジェッダ・コーニッシュ・サーキット」が2021年に完成、現在高さ1008m、世界一高い超高層ビル「ジェッダ・タワー」建設中。

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2.3(月)成田 17:40発 2.4(火)ジェッダ 6:00着(日本航空 JL471)南回り欧州線 アテネ行き、機材は DC-10。欧州便なので隣は新婚夫婦、私は一人(中東寄港定期便 1990.8.2 運行終了)

今でこそ観光ビザで入国出来るサウジだが、当時はビジネスビザのみ。入国審査は厳しく出入国カードにはSPONSOR(身元引受人)RELIGION(宗教)など細かな記入欄があり(以下参照)現地代理店・企業からの招聘状も必要。因みに中東各国への入国時、パスポートにイスラエルの出入国証印がある場合は入国不可(あれば別パスポートが必要)

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当時のサウジ出入国カード(表裏)保管しておいたもの。

写真撮影も厳しい(以下外務省HPから)

サウジアラビアには個性的な建築物が数多くあり、ついカメラを向けてしまいがちですが、王宮等の関連施設、政府・軍関連施設の撮影は禁止されています。どこが禁止区域なのかは必ずしも明示されていません。事前に周囲の人に撮影の可否を確認することが必要で、無断で撮影することによって身柄を拘束される恐れがあります。撮影した写真や動画をネットに投稿する場合も注意が必要です。また現地の女性を被写体とした写真の撮影は控えて下さい。本人の承諾があっても家族からの訴えで身柄を拘束される場合があります。

サウジアラビアの法律は、厳格に解釈したシャリーア(イスラム法)が基礎になっており、窃盗は手首切断、殺人は斬首刑などの厳しい処罰が科せられます(公開処刑)それが抑止効果となり治安は欧米諸国に比べ良好と言われていますが、レストランなどでの置き引き、バイクによるひったくり、車上荒らしなどは発生しています。「貴重品の入った鞄は体の前に抱え、肌身離さない」が鉄則です。https://www.ksa.emb-japan.go.jp/files/000521503.pdf

四十年前は宗教警察(ムタワ)の監視も厳しく、写真は殆ど撮れず・・丹下健三大先生設計のロイヤルステートパレスファファド王の噴水、美しいモスクも見ただけ。そんな状況の中で撮影した路線バスの写真。

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ネオプラン N414 Tropic(1979〜1981)

サウジアラビア都市用に開発された、当時としてはモダンなデザインのシングルデッカー低床バス。ドイツのネオプラン ピルステング工場製。サウジの過酷な環境を想定した耐久性重視の設計で、ダブルデッカーの N424 Tropic もある。2003年まで運行されたらしい。

但し、利用した路線バスは小型のマイクロバス(ワゴン車)が殆どで、狭い上に通路がない。後方の席に座った場合、前の乗客にお金を渡すとその人がその前の人に渡し・・それを繰り返して運転手に渡ると言う、中東・アフリカで見られる乗客共同運賃支払いシステム。
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後に定宿となるホテル Hyatt Regencyの部屋からジェッダ市街を望む。ウエルカムドリンクはアラビックコーヒーデーツ(ナツメヤシの実)食事はそこそこ美味いが、お酒を飲めないのが辛い。

2.7(金)夜:バーレーンへ移動。
ジェッダ キング・アブドゥルアズィーズ国際空港18:15発のサウディア。空港の移動バスで五人の女性(多分奥様)を連れた男性と一緒になる。イスラムの一夫多妻制では妻は四人までとなっているが、経済的に問題無ければ五人以上も可能らしい。が、当時でも珍しかった筈。国内線でペルシャ湾側の都市 ダーランに20:10着、丁度 礼拝時刻で人が居ない。

ダーラン空港は国内線と国際線のターミナルが結構離れており、夜遅い事もあって移動に難儀した記憶あり。その後、ダーラン国際空港はサウジアラビア空軍の基地となり、四年後の湾岸戦争では米軍が駐留した。国際線に乗り継ぎ 22:00発の ガルフ・エアでバーレーンへ。

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以上、砂塵が多く天気もイマイチな写真なので、空の様子をAIで変換。名前は Red Sea だが、紅海の海水は赤くはない。何時もお世話になったバッスーラさん撮影。1986.2.4-7 

つづく。

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